神と人の不思議…

みなさん、こんにちは、あまさんです。
まだ、まだ、揺れのおさまらない九州地方の皆さまの不安と恐怖を神様が癒し、慰めを与えて下さいますように。
そして被害に会われた方を特別に顧みて下さい、必要な助けを私たちも行うことが出来ますようにとお祈りいたします。神様何より、揺れを収めてください。

私は今頃になり、アウシュビッツでの自らの体験を記したフランクルの「夜と霧」を読んでいます。名著とは聞いていましたが、あまりに痛々しいものを直視したくないという思いがあって読んでいませんでした。
前半は実際に行われていた残忍な行いがそのまま書かれ、後半、フランクルが試みたのは人間とは思われない扱い、生きているのが不思議と思われるような環境の中で囚人となった人々の内面生活におこっていた事を精神医学者としての彼が書き出すことでした。

私は常軌を逸した収容所での残忍さに、ここに入れられた人たちは、神様を信じる事ができたのだろうか?神様との関係を心に持ち続ける事ができたのだろうか?どんな思いで最後の瞬間を迎えたのだろうか?そんな疑問が残忍な行いが事実として書かれている章を読みながら、心に浮かんで来るのでした。それはすぐ些細な事でくじける弱い自分がいるからなのですが…。

そんな思いを持ちながら後半を読んでいると、「宗教的関心ごとが囚人たちにはあり、とても内面的な深いものだった」と書かれていました。
苦悩し神に嘆願する痛みを持ちながらも、愛を内面の世界で体験する、愛の実存が書かれています。
その中でも、人間としての扱いを受けていない彼らが、命を繋いでいくためだけに己の全集中を使わなければならない極限の労働状況の中で、ふっと垣間見た西方の暗く燃え上がる雲を眺め、「世界ってどうしてこう綺麗なんだろう」と呟いたという彼の仲間のエピソードに、私はとても揺さぶられるものを感じました。自然界に表現される神と人のいのちに潜む神が喚呼しあうんだと思いました。こんなに酷い現実、酷い運命、神などどこにいるのだという世界なのに、神様をその人達は感じ、神の一部を体験している。いのちの不思議、人の不思議、神の不思議…。

創世記で「神が土の塵に息を吹き込み、人は生きる者になった」とあります。私達は神様の息、霊に生かされている…私達の中に神がおられる。そして、いつもあなた方とともにいるというイエス様の言葉が、極限の状態の中から真実味をもって浮き上がってくるようでした…。お読み頂いてありがとうございました。

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2件のコメント

  1. のあ秋田犬

     あまさん、フランクルの「夜と霧」の思い巡らしの分かち合い、ありがとうございますm(__)m
     もしかしたら、人は窮地に追い込まれる程、神様の事を思うように創造されているのかもしれないですね。
     

  2. 匿名

    あまさん  え~と あの~  お久しぶりです~ \(^o^)/  あ~ 世間では、間もなく GW 大型連休…… の ようですねぇ~ \(^o^)/ 私は、 全く 関係なかぁ~ (-_-;) で ありんす がぁ~ (-_-;) あまさん は GWは どげん ねぇ~  FEBC は まちまち で~ お仕事 でっしゃろかぁ~ ?? まぁ~ あんじょう 頼ん まっせ  ほな  サイナラ~  (^o^)   タクさん  より

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