晴佐久神父、収録苦労話(?)

先週からまた新たに晴佐久神父の番組
あなたは救われたー「主日の福音」ミサ説教ー
がはじまってますね。

晴佐久神父

今日はその収録秘話・・・というか苦労話をひとつ。

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この番組、そのタイトルのとおり
晴佐久神父の主日のミサ説教を放送してます。

つまり日曜日にカトリック多摩教会まで
数名のFEBCスタッフが毎週交代で
録音しに行ってるんです。

私の家から多摩教会へはちょっと行きにくくて
電車を4本乗り継がないといけないんですけど
私、電車の乗換えが大の苦手でして(-_-;

逆方向のに乗っちゃったり
各駅停車しかとまらない駅なのに急行に乗っちゃったり
これまでも数々の失敗を犯してきたんですけど
先日、多摩教会に行くときにやらかしちゃいまして(>_<)

そろそろ着くはずなんだけど・・・

あれ?まだ着かない・・・

おかしい・・・

も、もしや!!!

 

なんと逆方向の電車に乗っちゃってたんです(>_<)

どどどどどうしよう(@_@)

とにかく次の駅で降りて
大慌てで携帯で路線検索するも
ミサの開始時刻に間に合いそうにありません(ToT)

それでも祈るような気持ちで
次の乗換えのときに全力疾走ε≡

そしたら路線検索の結果より1本前の電車に乗れたんです!
おかげでなんとか滑り込みセーフで間に合いました\(^o^)/

いやぁ〜しかし携帯で路線検索ができる時代でよかった!
神様と路線検索様に感謝感謝。
あ、もちろん御ミサも感謝感謝でしたよ!!!

そんな苦労をしながら収録してる(まあ私がただアホなだけですが…汗)
あなたは救われたー「主日の福音」ミサ説教ー
聴いてもらえたらうれしいです♪

8件のコメント

  1. 案山子

    よな子さんへ

    優しい言葉をありがとうございます。
    けれど、生まれながらの「私」に本当の魅力があるのではなく、
    イエス様の魅力・・愛、知恵、忍耐、寛容、柔和・・御霊の実ですね。
    私たちは、神様から頂いて、「初めて生きる」のだと、最近つくづく思います。感謝。

  2. 案山子

    yonakoさん、返信ありがとうございます。
    そんな褒められるようなことではありません。
    たぶんに、きっかけの段階で、私に責任がありますし、
    今思うと、ナイーブ過ぎたな・・とも思います。
    ただ、ほんとうにしんどい中、つくづく、
    聖書の言葉が「腹に沁み」、涙涙で辛かったけど、今思うと、
    色々な悪いものを洗い流していただいたのだと分かります。
    戒め、支えてくださった、主に感謝です。
    また、おそるおそるであっても、励ましたり、慰めてくれた同僚等にも・・。

    今思うのは、きっかけの根っこにあった親子関係におけるトラウマ・自己憐憫からの脱却、
    自分の責任範囲をきちんと認識する、警戒過多にならずに笑顔や言葉をかける、
    納得できないときは、祈って、穏やかに向かい合う勇気を持つ、ことだと思います。
    それでもダメな時は、結果はどうあれ主に委ねる、ことにしたいな!と思います。
    せっかく失敗という学びの機会をいただいたのですものね。(^^)

    • yonako

      失敗という学びの機会をいただいた・・・そう言えるのは、本当につらかった中で、祈り続けて聖書の言葉に触れ続けて、共にいてくださったイエス様に支えられて導かれてきたからなんですね。
      根っこにあったトラウマも、主が時間をかけて癒し続けてきてくださったから、ぜんぶ今の案山子さんの魅力になっているように思いました(^^)

  3. 案山子

    yonakoさん、返信ありがとうございます。

    正確に思い出せないのですが、
    箴言の言葉に「悪口は、おいしい食べ物のように腹にくだっていく・・。」
    とあったように思うのですが、
    正直、クリスチャンになる前は、
    人の悪口を言うことに、ヘンな快感を感じていたことを、かすかにですが覚えています。
    まるで、自分は正しくて、その人の、頭一つ上を行く人間であるかのような錯覚を・・。

    一方、クリスチャン(・・といっても紆余曲折ですが)になってからは、
    心理的に受け付けられなくなり、結果として、
    職場のおしゃべりにおいて、苦労したことを覚えています。
    否定すると「敵」とみなされるし、
    かといって笑って「仲間」と思われるのも・・と。
    結果、オンリーワン、といえば格好がいいかもしれませんが、
    孤独の道を歩みました・・。

    人の悪口を聞かなくていい、思わなくていい場所こそ、天国だと思います・・。
    でも、それまでは、地上で辛抱強く歩まないといけないですね・・。

    • yonako

      そういえばそんな言葉があったような・・・と思ってさがしてみたら、ありましたありました!!
      箴言の18章8節に「人のよしあしをいう者の言葉はおいしい食物のようで、腹の奥にしみこむ」って。これですよね?
      それにしてもすごい言葉ですね。まさに!!!!!って感じですね。

      案山子さん、職場で孤独の道を・・・それでも悪口を言わないことを選び通したんですね。すごい!
      毎日のほとんどの時間を過ごす職場で孤独って、本当にしんどかったと思います。だけどきっと、職場にイエス様が一緒にいてくださったんですね。

      私も悪口キライです。
      ・・・と言いながら、口に出すかどうかはべつとして、人への不平不満や非難が湧いてくることはしょっちゅうです(-_-;
      人を裁いたり恐れたりするんじゃなくて、愛するって、本当に難しい。
      できてるかどうか?って聞かれたら明らかにできてないんだけど、でもきっと「できるかできないか」じゃなくて、「するかしないか」なんですよね。
      たぶんこれからもコケたり立ち止まったり失敗だらけかもしれないけど、イエス様に赦され続けながら、私も地上で辛抱強く、イエス様と一緒に歩いていこうって思います。

  4. 案山子

    晴佐久神父の、飾らないゆったりとした口調のお話を聴かせていただいて、
    「一体感」「満足」といったキーワードについて、考えさせられました。
    つまるところ、「平和」についての話ですよね。
    この世界が、今、色々な危機の中で、神様から問われている・・。

    戦争も、イジメも、口で何と言おうと実際は、憎しみを基軸にした一体感だと思います。
    その終局は、死体だらけ、裁判になれば責任のなすり合い・・。
    本当の一体感、って何だろう?と改めて考えました。「みんな満足」が浮かびました。
    中国の「天国」の定義だという、
    「みんなが、お互いの口にご飯を入れてあげる関係」を思いました・・。
    そして、イエス様は、「全ての人のパン」になってくださったのですね・・。
    そう思うと、ささくれた心が恥ずかしく、また、不思議に穏やかになります・・。

    それにしても、取材も大変ですね。
    苦労して録音したものなら、聴かせてもらわねば!と思いました。
    聴いてよかったです。ありがとうございます。
    いつも、お疲れ様です!(^^)

    • yonako

      わぁ〜聴いてくださったんですね!うれしいです!

      本当の一体感・・・あぁたしかにそうだなって思いました。
      その場にいない誰かへの不満やその人の欠点の話題になると、なんだか急に盛り上がって妙に一体感が増したり・・・
      でもそれは「みんな満足」とはほど遠いですね。
      自分が満足することだけ求めてるときって、満たされないと不満だし、満たされてもまたすぐ物足りなくなっちゃうし、本当に心がささくれてるなって思います。
      イエス様がすべてのひとのパンになってくださった。そのことが、今、世界にとっても、私自身にとっても、本当に必要なメッセージなのかもしれないなって思いました。

      コメントありがとうございました。
      取材は大変だけどたのしいです♪
      それに、案山子さんのように「聴いてよかった」って言ってくださる方がいると、苦労なんか吹き飛んじゃいます(^^)

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